桜の町として知られる青森県弘前市。この地の繁華街、土手町から鍛冶町を結ぶ小路には、通称「かくみ小路」と呼ばれる場所があります。
かつてここに「角み呉服店」というお店あったことが由来で、老舗の飲食店から新しい飲み屋さんなどがひしめき合う、実にノスタルジックでレトロな雰囲気が感じられる通りです。
まるで昭和の世界へタイムスリップをできるようなこの小路へ、土手町側から足を踏み入れてすぐの場所にあるのが、今回ご紹介するお店。
その名も「土手の珈琲屋 万茶ン(まんちゃん)」
私がこの万茶ンへ通うようになったのは今年の1月。すぐ近くのビルに所用で来た帰り道、このレトロでおしゃれな外観のお店に、本当に吸い込まれるようにフラっと入ってしまったのです。
そして驚いたのが、この万茶ンが創業したのは1929年(昭和4年)で、今年2019年で創業90年!! 今や東北では最古の喫茶店で、日本でも4番目に古いということでした。創業当時には青森県が生んだ文豪、あの「太宰治」が通い、珈琲を楽しんだそうです。もしかしたらあの名作は、このお店で執筆されたのかもしれません。
そして、現在この万茶ンを切り盛りするのが、若き4代目マスターこと「今川 善宏(いまかわ よしひろ)さん」
現在29歳の今川さんは、青森県五戸町出身。大学時代には相撲部に所属していた、つまり「元・お相撲さん」というすばらしい経歴をお持ちです。
「太宰治が通っていた弘前の老舗の喫茶店を、先代のマスターが閉店してしまう」という話を知人から聞き、お店を引き継ぐ決意をしたという今川さん。
自他共に認める「凝り性」だという今川さんが入れる、お店の看板メニューはその名も「太宰ブレンド」
創業当時の味を再現したという太宰ブレンドは、素直に「苦味」が感じられる、非常に口当たりの良い飲み心地。先代から引き継いだレシピ、様々な方々のたくさんのご協力があって再現することができたというこのコーヒー。美味しいです、本当に。
「わざわざ喫茶店に足を運んでコーヒーを飲む時間」を「感性も一緒に飲みほす」と今川さんは考え、「喫茶店を知らない若い人たちにもぜひ足を運んでほしい」と語ります。
そんなマスターこと今川さんの休日の過ごし方をお聞きしたところ、なんと「海釣り」が1番の趣味だと教えていただきました。
五戸町の実家のすぐそばで釣りができる場所があり、子供の頃によく、父親と一緒に釣りをしに行かれたことから釣りに目覚めたそうです。
現在では万茶ンの定休日である火曜日の前日、つまり月曜日の夜から弘前市を出発し、県内のお気に入りの海へ釣りをしに行くのが、毎週の恒例になっているとのこと。
もちろん自然が相手の趣味なので、大物を釣り上げる日もあれば、全く釣れない日もあるといいます。しかし、今川さんにとっては「魚が釣れたから良かった」とか「釣れなかったからダメ」という意味で釣りをしているわけではなく、「海で釣りをする時間」こそが何よりも大切なのだそうです。
特にお気に入りの海スポットはというと、北津軽のとある磯。 とても面白い地形の岩場と津軽海峡が広がり、今では毎週のようにここへ通っているとのこと。
「様々な魚が釣れる磯なのはもちろんですが、例えば同じ日であっても潮の流れ、風向きが突然変わったりします。目の前は雄大な津軽海峡で、夜には漁火も見えて本当に綺麗で、大好きな場所です」と今川さん。
接客業で、いつも色々なお客さんと会話をすることが仕事の彼にとっての海釣りは「自分が無になれる時間。自然、海から雄大なパワーをいただき、自分を完全にリセットできる時間」であり、この海釣りの時間を楽しめるからこそ、翌日からまたお店に立つことができるのだそうです。
そういう意味では、今川さんが休日に青森の海から吸収した自然の力は、万茶ンのコーヒーに「隠し味」として注ぎ込まれているようにも感じられます。
太宰治もまた故郷の「津軽」を愛した人物として知られているように、やはり津軽の海には人を引きつける何か大きな力が存在しているのかもしれません。
万茶ン店内には初代マスター家族の写真や、創業当時から現代に残るシャンデリア、古い掛け時計など、昭和の歴史を令和に伝える品がさりげなく置かれております。若き日の太宰治の写真なども飾られており、名作の小説もここで読めます。過去には「太宰ファンです」と名乗るお客様が、なんと南アフリカからいらっしゃったこともあるといいます。
「創業90年という歴史のある喫茶店を引き継ぐことに対してプレッシャーはありませんでしたか?」と尋ねたところ「最初はもちろんプレッシャーでした。でも、自分がまた初代になったつもりで頑張ろう。これからこの万茶ンでコーヒーを飲むという時間を過ごした方たちが、様々な感性を磨いてくれて、自分だけの価値観を広げられる。そんな場として万茶ンを存続していきたいです」という強い信念も持たれているそうです。
「大学時代に過ごした関東の海もまた楽しかったのですが、青森県の海は、特に自然と人との結びつきが強いようにも感じられます」という今川さん。
太宰治が愛したこの津軽で、青森の海を愛する若きマスターが入れる伝統のコーヒー。そしてコーヒーを飲むという価値のある時間を、皆さんもぜひ楽しんでみてはいかがでしょうか?
いつかまた、太宰治のような文豪がまた、この店から生まれるかもしれませんよ?
「土手の珈琲屋 万茶ン」〒036-8182 青森県弘前市大字土手町4番地 TEL:0172-32-2737
公式ホームページ:http://manchan.jp/
イベント名 | 太宰治も通った東北最古の喫茶店「万茶ン」と「青森の海」を愛する若きマスター今川さん |
「海と日本プロジェクトin青森県」の特派員として、フォトグラファー&ライター活動をしている。海のことを考えると眠れないのは海のせい?
Instagram:https://www.instagram.com/hary_k_photo/