レポート
2023.01.25

下北半島ぐるりの思い出

私は青森県に住んで30数年経ちますが、実際に住んでいる津軽地方以外のことをあまりよく知りません。車がないと不便なこの地域で、車に揺られることが苦手な子供だった私には縁のない地域かなと思っていました。

ですがかれこれ10年ほど前、一度だけむつ・下北方面を訪れたことがありました。
当時大学生に毛が生えたような新卒社会人だった私と、大学院生だった夫(当時は彼氏)とで思い切って県内をぐるっと回ってみよう!ということになりました。

お金も十分にはなく、彼の実家から拝借した軽自動車でドライブした時のことを、今でもふとした時に思い出します。

とてつもなくロマンチックだったとか、とてつもなくすごいものを見たとかそういうわけではないのですが、それまで青森県をすべて知っているような気でいたのをひっくり返されたというか、近くにこんなにもまだ知らないことや初めて見る景色があったなんて!という衝撃が忘れられないのです。

■横浜町と花粉症

季節は5月の初め、ゴールデンウィークでした。
海沿いをとにかく走って、なんなら青森の形に沿って走ってみようか~ということに。

私はこれまで下北半島の、いわゆる力こぶポーズのグーの手の場所まで行ったことがなかったので本当にワクワクしました。

ひとまず横浜町の菜の花畑を目指すことに。
学生時代はひたすらバスケにいそしんでいたので、横浜町は当時バスケが強かった高校があったことを思い出しました。この環境で練習すると強くなるのかな~などとぼんやり考えながら。横浜町の菜の花畑は幼少期にも訪れたことがありましたが、何度見ても素晴らしかったです。

ただ、前回訪れた時とは明らかな違いが一つだけありました。それは私の体調。なぜかこの時は目のかゆみと鼻水・鼻詰まりが止まらなくなり、もしやもしやと抱いていた疑念が確信に変わった瞬間でした。そう、花粉症です。忘れもしない、この時の菜の花畑で花粉症を自覚してしまったのです。このまま知らんぷりして生き抜こうとしていたのに、それなのに、自覚しなければいけないほどに大爆発してしまった私の花粉閾値。どうしてあのタイミングだったのかはいまだに謎ですが、横浜町の菜の花畑、と聞くとどうしても花粉症発症の思い出とセットになってしまいました。ただ、海岸沿いをドライブしてからの菜の花畑は本当にきれいで、いつか子どもたちにも見せてあげたい県内の景色の一つです。

■嵐の尻屋崎

菜の花畑を後にし、どんどん北へと向かいます。
とにかく海沿いを行こうということだけを決めて走り、気になるところがあったら立ち寄る、そんな感じでした。ですが、これだけは絶対見ておきたい!と心に決めていた場所があり。それが学生時代の授業で見た「寒立馬」です。

(画像:https://aomori.uminohi.jp/report/kandachime2018/)

私たちがよく知っている「お馬さん」とは明らかに太ももの太さが違い、そのたくましさに一目で心奪われました。画像でしか見たことのないこの寒立馬を、ぜひこの目で見てみたい、そう思っていました。

ということで、いざ寒立馬のいる尻屋崎へ!
ですが、車を走らせるにつれて何やら不穏な空気が漂い始めました。
そうです、雨です。いや、雨というには甘っちょろい、暴風雨、というか嵐ですね。めちゃくちゃ嵐です。尻屋崎へと向かえば向かうほどに雨も風も強くなり、お馬さんなどいそうにもありませんでした。

とりあえず灯台まで…とたどり着きましたが、やはりお目当ての寒立馬には会えず。本当なら壮大な海と寒立馬のショットが撮れたはずなのに、嵐の灯台のショットのみ。「運が悪すぎる…」とじわじわと面白くなってきて、爆笑しながらこの嵐の尻屋崎灯台を撮りました。
いつかまた必ずリベンジします!

■土砂降り大間

(画像:https://simokita.org/sight/ooma/)

お次は大間へ。名物のこちらの銅像でこぶしをグーにして写真を撮るぞ!と決めていましたが、お察しの通り、土砂降り過ぎて車から降りることができず。このまま大間の海の飲み込まれていくんじゃないか…という恐怖さえ感じていました。

「海」=「きれいなもの」と思ってしまいがちですが、そうだった、海とは一歩間違えると怖いものだった、と改めて感じた瞬間です。

どうにかこうにかマグロだけは食べたい、と開いているお店に入りましたが、どうやら季節ではなかったようで、国産ですらないどこか外国産のマグロをなぜか食べて退散(爆笑)。
津軽海峡の嵐を体験しに大間に行ったんだ、今ではこう思うようにしています。

■恐山

車中泊をして次の日は恐山へ。この日は嵐ではないけれど、小雨。小雨はこの時の私たちにとっては晴れ。「晴れたから少し歩くか~」とか言ってましたね。若いですね。
恐山こそ、テレビでしか見たことのない場所。一体どんな場所なのか、何の知識もなく訪れました。

(画像:https://simokita.org/sight/osore/)

総じていうと大きなお寺、といった場所のようです。
恐山というとイタコが有名ですが、7月の恐山大祭と10月の恐山秋祭りの期間にしか滞在していないのですね。

立派な門を抜けると、長く続く岩場地帯があります。この岩場がなんだか不思議な空気を漂わせていて、現実離れした感覚になったことを覚えています。この岩場を抜けるとまた空気が一変、「極楽浜」と呼ばれる湖畔が現れます。とてもきれいなのですが、そこにたどり着くまでの岩場の景色も相まってなんだか不気味さを覚えました。風景は本当に美しかったです。

(画像:https://simokita.org/sight/osore/)

敷地内には「三途川」という川もあったり、かと思えば入浴もできる温泉や宿泊施設もあったり。なんとも不思議な場所でした。この世とあの世をつなぐ場所って、本当にあるのかもしれない、なんだかそう思えた場所でした。

■足湯とないものねだり

恐山の不思議な空気感を体感し、またぶらぶらと帰路につくことに。「なんかすごかったね、恐山。」などと語彙力のかけらもない会話をしながら、偶然見つけたのがこちらの足湯。

風間浦村にある、現在は利用されていない大間鉄道のアーチ橋があるのですが、その中央部にある駅舎をモチーフにした足湯です。車で一度通り過ぎ、「これなんだろう?駅かな?」と気になりUターンしてみたところ、なんと足湯でしたー!って感じのところです(秘境みたいなことを言いたい)。

この偶然出会った足湯につかりながら見えた海がとてもきれいで…だと良かったのですが、まだまだ雨は止まず。ですが雨の津軽海峡も風情があってとても素敵でした。雨の津軽海峡を眺めながら、なんとなく将来のことを話したりもして。

今思えばこうして雨の中でも行き当たりばったりで二人だけのドライブ旅行ができていたのも貴重な時間でした。子どもが二人いる今、なかなか夫婦だけの時間というのは作りたくても作れなくて、親へ預けることの罪悪感だったり、シンプルに時間が無かったりで水入らずの時間を過ごせる時間はほぼありません。だけど当時の私たちは、「こういうところに子どもと一緒に来れたら楽しいね」とか子ども連れの人たちを見ては「いいね~かわいいね~」とか言い合っていました。いつまで経ってもないものねだりをしているんだなあ、と今書きながら思っています。

あの時立ち寄った足湯は今もあるんだろうか?と調べてみると、ばっちりありました!
当時名前もよく見ずに楽しんでいたこちらは、下風呂温泉郷にある「メモリアルロード足湯」というお名前だそう。素敵。いつかまた行きたいな~その時はどんなないものねだりが出てくるんだろうか。楽しみです。

(画像:https://www.yukaimura.com/)

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