その理由は、「ケミカルタンカー」分野において、世界シェア1位といわれる造船会社が青森にあるからです。
その造船会社とは「北日本造船株式会社」です。
では、「北日本造船株式会社」とは、どんな造船会社なのでしょうか。
今回は、世界シェア1位「北日本造船株式会社」について、どこよりもわかりやすくご紹介します。
北日本造船株式会社とは、東日本最大級の造船メーカーです。
かつては地元の漁師さんたちの船を直す、どこにでもある普通の町工場のような存在でした。しかし、その後さまざまな経験を経て、超高付加価値な船をオーダーメイドで造り、現在数年先まで予約待ちの会社になりました。
北日本造船株式会社、その原点は、1969年に八戸の港で産声を上げた、小さな「漁船の修理工場」でした。
やがて、その丁寧な仕事ぶりが信頼を集め、修理だけでなく自社で漁船を建造するまでに成長を遂げます。
大きな転機は1970年代。排他的経済水域(200海里問題)によって遠洋漁業が激変し、新造漁船の発注が激減するという未曾有の危機が訪れました。同社は生き残りをかけ、漁船から「一般商船」へと、舵を大きく切ることになります。
未知の領域である商船の世界でしたが、そこから同社は、驚くべきスピードで技術を身に付けていきます。
このように同社は多種多様なニーズに応え続けました。この「どんなに難しい依頼でも断らない」という経験こそが、その後世界からのどんな複雑なオーダーにも即座に応えられる、圧倒的な対応力の高さへと繋がっていきます。
競合他社との激しい争いの中、同社が最終的に見出した勝機は「他社が造りたがらない、最も難しい船」を造ることでした。それが、高度な溶接技術と徹底した品質管理が求められる「ケミカルタンカー」です。
漁船修理で培った「一隻一隻への誠実さ」と、商船建造で得た「新製品の開発力」が見事に融合し、ついにこの分野で、同業他社が追いつけないほどの前人未到の金字塔を打ち立てるに至りました。
現在、北日本造船は数年先まで予約が埋まる「数年待ち」の状態です。そのため同社には「造船不況」という言葉がありません。こちらでは北日本造船が世界中から予約が殺到する3つの理由についてご紹介します。
「造船大国・中韓が手を出さない『空白の領域』を攻める」
巨大な資本力を背景に、大型船の大量建造で攻勢をかける中国や韓国。しかし、北日本造船は彼らと同じ土俵では戦いません。北日本造船は、彼らが「手間がかかる」「効率が悪い」と敬遠する、高難度かつニッチなカテゴリーの船舶に特化しました。
あえて困難な道を選び、独自の技術を磨き抜くことで、「他では造れないが、世界が確実に求めている船」を生み出す。この差別化戦略こそが、世界一への第一歩となりました。
「800種類以上の薬品を運ぶ、ケミカルタンカーの先駆者」
同社の圧倒的な柱は、800種類以上もの化学薬品を運搬できる「ケミカルタンカー」という高付加価値な船舶です。劇物を扱うため、タンク部分には特殊なステンレス加工が必要となり、ミリ単位の狂いも許されない超絶技巧が求められます。
北日本造船はこの分野の先駆者として半世紀にわたり技術を蓄積。現在では「過去10年間の建造数世界1位」という、他社の追随を許さない圧倒的なアドバンテージを確立しています。
「最高性能を、最高のコストパフォーマンスで届ける執念」
どれほど高性能でも、高すぎては世界は選んでくれません。北日本造船の凄みは、世界初・世界唯一の機能を搭載しながらも、劇的なコストダウンを実現している点にあります。独自のサプライヤーネットワークを構築し、徹底したコスト意識を社内全体で共有。さらに最新の新素材を積極的に採用することで、重量削減と2割ものコストカットを両立させました。
「世界最高品質の船が、最も適正な価格で手に入る」。この経済性への執念が、世界中の船主たちの心を射止めているのです。
「世界シェア1位を支えるのは、さぞかし百戦錬磨のベテラン集団なのだろう!」などと、ほとんどの方はそう思われていることでしょう。ところが、そうではないのです。北日本造船の門を叩く新入社員の実に9割以上は、造船の知識も経験もない「完全な未経験者」ばかりです。
同社では完全な未経験者でも、一人前の技術者になれるように、業界の常識を覆す「さまざまな働き方改革」を断行しています。主な取り組みは次の通りです。
この「成長できる」「守られている」という自社への圧倒的な信頼感があるからこそ、社員は雑念なく、世界一の技術習得に没頭できるのです。