レポート
2026.01.18

尻屋崎・寒立馬とは?名前の由来・ルーツ・サラブレッドとの違い?極寒仕様の進化系馬!南部藩の誇り高き軍馬の血統!和種馬の機能美に酔いしれる!

あなたは、氷点下の猛吹雪が吹き荒れる極寒の岬で、じっと立ったまま春を待つ馬たちがいることを信じられますか?

その馬の名は、下北半島の最東端、尻屋崎(しりやざき)に生息する「寒立馬(かんだちめ)」です。

真っ白な雪と、荒れ狂う冬の海。そんな過酷な環境に耐える寒立馬は、実は私たちが知るサラブレッドとは全く異なる、驚きの進化を遂げた「極寒仕様の機能美」を秘めた馬です。

今回は、青森・尻屋崎の至宝とも言える寒立馬について、名前の由来からその謎に満ちたルーツまで、どこよりもわかりやすくご紹介します。

寒立馬とは一体どんな馬なのか?

「寒立馬」と書いて「かんだちめ」。この響きだけでも、寒さに強そうで、頑丈そうな馬を連想させます。

寒立馬とは、下北半島の尻屋崎灯台周辺の草原で放牧されている、青森県が誇る馬のことです。

見た目は小柄で、足が短く、胴が長く、ずんぐりしており、ロバをがっちりさせたような体型です。極寒や粗食に強い馬と言われています。

2002年に青森県の天然記念物に指定され、今もなお訪れる人たちの心を惹きつけてやみません。

寒立馬は正式名称ではない

ちなみに寒立馬というのは愛称で、正式名称ではありません。地元ではかつて「野放馬(のばなしうま)」と呼ばれていました。

野放馬とは、一年中、一度も厩舎(きゅうしゃ)に入ることなく、完全な放牧状態で育てられた馬のことです。ただし、野生 of 馬というわけでもありません。

寒立馬の愛称の由来は?

寒立馬という愛称が付けられたきっかけは、1970年(昭和45年)のことです。

当時の尻屋小学校長・岩佐勉氏が冬の尻屋崎を訪れた際、寒さの厳しいこの地に立つ「野放馬」を見た時に激しく心を揺さぶられます。その経験をもとに初の書き初め会で「東雲に 勇みいななく 寒立馬 筑紫ヶ原の 嵐ものかは」という短歌を詠みました。

この短歌の中に使われていた「寒立馬」という言葉がきっかけになり、これ以降「野放馬」のことを『寒立馬』と呼ぶようになります。その後、その存在が「寒立馬」として全国に知られるようになりました。

「寒立」とはどんな意味なのか?

「寒立」という言葉は岩佐勉氏のオリジナルではありません。もともとはマタギ語です。

マタギとは東北地方や北海道などの伝統的な狩猟集団で、彼らが使う言葉をマタギ語(山言葉)といいます。

「寒立」とは、ニホンカモシカが凍てつく冬の山で、ただ一点を見つめ、石像のように立ち尽くす姿を表した意味のことです。岩佐勉氏はマタギ語から、短歌のヒントを得たものと思われます。

寒立馬のルーツ

寒立馬のルーツは「南部馬(なんぶうま)」と言われています。南部馬とは、青森県や岩手県南部地方で飼育されていた日本在来種の馬です。古文書では奈良時代から登場します。坂上田村麻呂の蝦夷征服の時にも登場し、京の貴族たちの憧れの馬だったと言われています。

〇平安時代後期

その後、平安時代後期くらいから、下北半島に放牧が始まり、当時は「尾駮の駒(おぶちのこま)」とか「糠部駿馬(ぬかのぶのしゅんめ)」と呼ばれました。源義経も一の谷の戦いでは、愛馬「太夫黒(たゆうぐろ)」が尾駮の駒です。

南部氏が現在の青森県東部地域や岩手県を治めるようになると、「南部馬」を優秀な軍用馬として改良します。

〇江戸時代後期

江戸時代後期になると、南部馬を祖とし、糠部駿馬の血を引く「田名部馬(たなぶうま)」が下北地方の沿岸地帯で周年放牧されます。当時、周年放牧のことを「四季置付」といわれていました。尻屋地区での放牧もこの当時から行われていると言われています。

〇明治以降

その後、明治・大正・昭和に入ると軍用馬として外来種と交配され大型化していきます。戦後1960年(昭和35年)になると、フランス産大型肉用馬(ブルトン種)との交配がすすみ、現在の寒立馬(尻屋の野放馬)の姿になりました。

寒立馬とサラブレッドとの特徴の違い

こちらでは寒立馬とサラブレッドとの特徴の違いについてご紹介します。

項目 寒立馬 サラブレッド
見た目・性格 見た目がどっしりとした体形で、穏やかな性格。 見た目が筋肉質で、スマートで、アスリートのような体形をしており、性格は興奮しやすい。
目的 農耕馬や軍用馬。現在は観光用の馬として天然記念物に指定されている。 とにかく速く走り、競馬で勝つことだけを唯一の目的として品種改良されてきた。
現在の生息数 現在、青森県下北半島の尻屋崎のみで20頭前後が生息している。 現在、世界中の牧場で数百万頭生息している。

寒立馬 会いに行くならいつ

寒立馬に会いに行くなら、5月以降がおすすめです。

その理由は寒立馬の出産シーズンが4〜5月にかけてだからです。生まれたばかりの仔馬が、まだ細い脚で必死に立ち上がり、お母さん馬の陰に隠れてこちらをじっと見つめる。そんな愛くるしくも力強い光景に出会えるのは、この時期だけです。

青々とした草原を元気に駆け回る仔馬の姿は、見る者すべてを笑顔にしてくれます。

現在、寒立馬は「尻屋崎灯台」周辺の草原で放牧されています。寒立馬が尻屋崎の草原で佇む姿は下北半島の人気観光スポットです。

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