そんな摩訶不思議な神社とは、「蕪島神社(かぶしまじんじゃ)」です。
実はこの神社の主役は、神様・・・ではなく、3万羽を超える「ウミネコ」たちです。
初めて訪れる人は、空が見えないほど乱舞するその驚きの光景に、度肝を抜かれることでしょう。
今回は、青森・蕪島の「ウミネコ」には、いつ会えるのかについて、どこよりもわかりやすくご紹介します。
青森・蕪島神社といえば、やはり「ウミネコ」です。ただしウミネコは蕪島神社に一年中いるわけではありません。では、一体いつ頃やってくるのでしょうか。
例年、ウミネコたちが蕪島周辺に集まり始めるのは2月下旬から3月上旬頃です。早い年では節分の頃に姿を見せることもありますが、島全体が活気づき、空を埋め尽くすような圧倒的な光景が見られるのは、やはり3月に入ってからです。
地元・八戸では、その年最初に飛来したウミネコがいつ確認されたかが、毎年のように大きなニュースになります。ウミネコの帰還は、八戸の春の訪れを告げる風物詩なのです。
実は、彼らは一度に全羽が帰ってくるわけではありません。まずは数羽の「先遣隊」が島の様子を伺うように現れ、それを合図に続々と数万羽の仲間たちが南国から集結するのです。2月14日のバレンタインデー付近に初飛来が確認されることも多く、まさに「愛の季節」の始まりを告げる使者と言えるでしょう。
帰還して間もない時期のウミネコたちは、とても規則正しい生活を送っています。
せっかくウミネコを見に訪れるなら、近くで見れる「午前中」を目指して訪れるのがおすすめですよ。
日本中に他にも島はあるのに、なぜこの小さな蕪島にだけ、数万羽ものウミネコがわざわざやって来るのでしょうか。これは蕪島を訪れた人みんなの疑問です。
実は、ウミネコがわざわざ蕪島にやって来るのは次の2つの理由が蕪島にあるからです。
まず第一の理由は、八戸の海にウミネコたちの大好物の「イワシ」が大量にいるからです。日本屈指の漁港である八戸は「イワシ」の宝庫。繁殖期のウミネコたちは、大量の栄養を必要とします。そんな中、蕪島の周辺の八戸の海には彼らのお腹を満たす最高のエサが豊富にありました。
そしてもう一つの大きな理由がかつて蕪島が離島だったからです。離島だったことがウミネコたちの飛来となぜ関係があるのでしょうか。その訳は、陸を伝ってやってくる卵やヒナを狙うキツネ・タヌキ・ネコなどの動物がやってこれなかったからです。そのためウミネコは安心して子育てをすることができました。
「腹いっぱい食べられて、安心して眠れる」、この2つの条件がウミネコたちがわざわざ蕪島に毎年やって来る大きな理由です。
蕪島に滞在中のウミネコは、どんなスケジュールなのでしょうか。見に訪れる方はぜひ参考にしてみてください。
長い冬を越え、数万羽のウミネコたちが一斉に蕪島周辺へ戻ってきます。静かだった島は一夜にして「ミャアミャア」という活気あふれる鳴き声に包まれ、八戸にようやく春が訪れたことを実感させてくれます。
春の陽光とともに、ウミネコたちはパートナーを探し始めます。4月下旬頃からは、島中のあちこちで巣作りが始まり、最初の卵が産み落とされます。
島全体が菜の花の黄色に染まる5月は、まさに産卵のピークです。親鳥が大切そうに卵を温める姿が見られます。この時期は、階段や参道のすぐ脇にも巣があるため、親鳥を驚かせないよう「足元に気をつけて」そっと歩くのが蕪島流です。
いよいよ、待ちに待ったヒナたちの誕生です。親鳥の「ミャアミャア」に混じって、か細い「ピーピー」という声が聞こえ始めたらふ化のサイン。親鳥の後を一生懸命によちよちと追いかける、ぬいぐるみのような愛らしい姿に、誰もが心を癒やされます。
あんなに小さかったヒナたちも、7月には親鳥と見間違うほど大きく成長します。あちこちで羽を一生懸命にばたつかせ、初めての空へと飛び立つ練習をする姿は、まるで我が子の成長を見守るような感動を与えてくれます。
子育てを立派に終えたウミネコたちは、8月に入ると次々と蕪島を去っていきます。つい先日までの喧騒が嘘のように静まり返り、冬の間静かな蕪島に戻ります。
8月に子育てを終え、あんなに賑やかだった蕪島が静まり返る頃。数万羽のウミネコたちは、一体どこへ消えてしまったのでしょうか。
彼らが向かうのは、四国や九州、さらには遠く中国大陸の南岸といった、比較的温暖な地域。それぞれの「お気に入りの冬越しスポット」を目指して、数千キロもの旅に出るのです。
驚くべきことに、ウミネコの寿命は20年余りと言われています。彼らはその長い一生の中で、毎年同じルートを通って南国と蕪島を往復し続けます。
そして春になれば、自分が生まれた、あるいは子育てをした「1メートル四方のなわばり」を寸分違わず見つけ出し、戻ってくるのです。この執念とも言える故郷愛があるからこそ、私たちは毎年変わらずに彼らと再会できるのです。